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延島三男会長による延島歯科の開設

延島三男会長による延島歯科の開設

昭和43年、開院
当医院は昭和43年(1968年)、6月4日(虫歯予防デー)に、現会長の延島三男が院長として開院しました。当時はまだ、「矯正歯科」という標榜は厚生省で認められておらず、看板には「延島歯科」として、その脇に小さく「延島矯正歯列研究所」と記載しての始まりでした。

当時、矯正歯科専門医院は、全国でも10件程度しかありませんでした
矯正歯科専門治療を行う歯科医院は、全国でも10件程度しかなく、埼玉県では当医院が初でした。診療室を2つに分け、1室では東京歯科大学補綴学講座の腰原 好講師(当時。後に名誉教授)を筆頭とする医局員が一般治療を、もう1室では現会長が矯正歯科専門治療を行いました。

会長の延島三男は、東京歯科大学で歯科矯正学の歯学博士号を取得。矯正歯科専門で診療することに信念を持ち、矯正歯科治療を一般に広めていくことに力を注いだのです。

「日本に矯正歯科治療を普及させたい」という思い
実は当時、歯科大学を卒業すれば、口腔外科か保存科か補綴科に残るのが一般的でした。しかし、まだまだ少数派の矯正歯科に注目し、日本に普及させたく歯科矯正学講座に入局しました。

郡山矯正歯科の開設

郡山矯正歯科の開設延島三男は昭和48年(1973年)から、東北歯科大学(現奥羽大学)の非常勤講師として福島県郡山市に足を運んでいました。

この頃には、矯正歯科治療が徐々に一般に知られるようになってきていましたが、開業医として専門的な矯正歯科治療を行う歯科医師は、まだまだ少数でした。

そして、東北の地にも矯正歯科治療を浸透させる拠点が必要であると考えた延島三男は、昭和55年(1980年)、郡山駅前に「郡山矯正歯科」を開設。現在は、田辺俊昭先生が院長となり、延島三男の初志を継続しています。

延島三男会長から延島ひろみ理事長への継承

延島三男会長から延島ひろみ理事長への継承矯正歯科治療は、一般治療以上に、患者さんとのお付き合いが長くなる分野です。延島三男は開業当時より、「自分に何かあったときも患者さんが困らないように」と、後輩の指導にも尽力してきました。

その意思を受け継ぐことになったのが、現理事長・延島ひろみです。
延島ひろみは、幼少時から父親の仕事に接してきたことで、その仕事を自分が継承することは「自然なこと」「天命」と感じていました。

平成3年(1991年)より、東京歯科大学矯正学講座及び吉田矯正歯科にて研鑽を積みながら、延島矯正歯科にて実務にも取り組むようになりました。

1994年9月26日、現在の診療所の形に改装オープン
そして1995年1月より「のぶしま矯正歯科」となり、院長は延島ひろみへ継承されました。1996年9月18日には「医療法人三美会 のぶしま矯正歯科」となり、延島三男は理事長に就任。さらに2008年6月には、延島三男は会長となり、延島ひろみが理事長兼院長に就任しました。

新たな時代への飛躍

新たな時代への飛躍時代とともに矯正歯科治療が世間に認知されるようになり、矯正歯科治療のニーズも高まりつつあります。

当医院は、顎口腔機能診断施設基準を満たしていますので、顎変形症の患者さんについては、術前術後の矯正歯科治療を健康保険で行うことができます。

これにより、より多くの方に矯正歯科治療を受けていただくことが可能だと思います。また、世界で発表される最新技術の導入にも努め、患者さんが必要とされる治療や情報をご提供していきたいと考えています。

現在のぶしま矯正歯科は、非常勤を含めて5名の歯科医師と歯科衛生士、歯科技工士、受付秘書の大所帯となりました。今後も患者さんとの交流を大切に、皆さまに最高の笑顔を提供できますよう、頑張っていきたいと思います。


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